3次元モーションデータが触発する
コンテンポラリーダンス振付創作

海野 敏舞踊学会推薦|東洋大学 社会学部メディアコミュニケーション学科

モーションデータを活用した振付創作支援システムの開発

発表者はプロダンサーの演技動作を3次元モーションデータとして取得し、それを蓄積、加工、編集することで、舞踊芸術の記録・保存、学習・教育、創作・上演などに応用する研究を25年間継続している。龍谷大学先端理工学部の曽我麻佐子氏との共同研究である。本発表では、創作・上演への応用に限って研究概要を紹介し、後半では生成AIの現状および可能性について述べる。

モーションデータとは、3次元空間における身体動作の詳細をデジタル化したデータであり、モーションキャプチャ・システムを用いて測定する。発表者が初めてプロダンサーの演技を測定したのは1999年で、当初はクラシックバレエのダンサーを対象にしていた。2001年からは「分析合成型振付」と名付けた振付手法を提案し、この手法に基づいた振付シミュレーションシステムBody-part Motion Synthesis System(以下「BMSS」)を共同開発した[1, 2]。分析合成型振付とは、舞踊動作を分解して多数の短い要素動作を作成し、これを再び組み合わせて新奇な舞踊動作を作り、3次元CGでシミュレーションする手法である。通常の舞踊創作は、音楽、物語、感情のいずれかを振付の契機とすることが多い。これに対し分析合成型振付は、振付の初期契機から音楽、物語、感情をあえて排除し、身体動作の魅力・訴求力から出発する創作法である。

この創作法は、他のダンスジャンルよりもコンテンポラリーダンスにおいて有用性が高いことが判明し、2006年からは、コンテンポラリーダンスのプロダンサーの動きをモーションデータとして収集し、コンテンポラリーダンスの創作・上演に応用する研究へシフトした。コンテンポラリーダンスとは、20世紀後半に登場したダンスジャンルで、特定の様式を持たず、新奇な動きを追究することで、時代の最先端の表現・表象を目指すことを特徴とする。

BMSSを実際に使用して、プロのコンテンポラリーダンス振付家(以下「プロ振付家」)3人がそれぞれ作品の創作し、劇場で観客を集めてプロダンサーの演舞で上演する実験的公演を、2017年10月、2018年11月、2021年1月、2023年年1月の4回、都内で実施した[3]。上演作品数は12本、出演したプロダンサーは延べ34人である。これらの公演を通して、プロ振付家が自身のオリジナル作品を創作する際にも、BMSSを用いた分析合成型振付が有用であることを証明した。

さらに創作過程の観察と上演作品の分析からは、プロ振付家がBMSSの使用で新奇な振付語彙を発見していることと、振付家によってはBMSSに触発されて新しい振付法を開発していること、振付の初期契機からは排除した音楽、物語、感情の要素が創作過程で段階的に追加・回復されていることなどが明らかとなった。また、第2回以降の公演においては、十分な実績のある延べ11人の舞踊評論家に作品の評価を依頼した。その結果、舞踊評論家たちは振付におけるコンピュータの利用を積極的に肯定していることと、BMSSによる振付支援を、すでにコンテンポラリーダンスの創作で国際的に採用されている「コンタクト・インプロヴィゼーション」と「動きの素材の編集」という2種類の振付手法の発展形と見なしていることが明らかとなった。

生成AIと振付創作の現在

発表者の研究では、生成AIのみでなく、いわゆるAIの技術は何も用いていない。BMSSでは、舞踊動作の3次元CGによるシミュレーションをモーションデータの比較的単純な合成アルゴリズムによって実現している。AIによる自動振付を目指さなかった理由は、舞踊芸術においては、人間のアーティストの介入、すなわちプロ振付家の存在なしに芸術的な表現・表象は創出できないと考えたからである。とりわけ研究を始めた当初は、身体動作を表現手段とする舞踊は、テキストを手段とする文学、画像を手段とする絵画、音声を手段とする音楽以上に、AIが芸術性を獲得できないことは明白であった。

その後、モーションデータを用いた生成AIの研究が始まり、この10年間でかなりの論文が発表されている。例えばNogueira, Maria Rita他のレビュー論文によれば、2010年から2023年までの期間に「機械学習」と「ダンス」のキーワードに該当する英語論文が345本も発表されている[4]。例えば、音楽と同期させた、なめらかなダンスモーションの生成をめざす研究は数多く発表されている[5-8]。しかし、振付創作に関しては、機械学習のためのダンスのモーションデータの蓄積が現状では不十分であり、凡庸な振付の生成がかろうじて可能な水準であることは否めない。Wayne McGregor やBill T. Jonesなど、世界的に著名なコンテンポラリーダンスの振付家もモーションデータを用いた創作を実践しているが、生成した身体動作をそのまま振付に使用することはしていない。舞台芸術として評価されるには、プロ振付家の発想・修正・編集が不可欠である。

しかし、生成AIは、発表者の開発したBMSSと同様に、ダンス創作の補助ツールとしては現状でも有用であろう。生成AIが作り出した身体動作をそのまま作品とするのではなく、BMSSの使用と同じようにプロ振付家が取捨選択し、編集して使うのであれば、舞踊芸術においても生成AIの有用性はある。それは、発表者の研究において舞踊評論家たちが見抜いたように、「コンタクト・インプロヴィゼーション」と「動きの素材の編集」という2種類の振付手法の発展形と位置付けることができるだろう。また、今後、ダンスのモーションデータが十分な規模で蓄積されれば、舞台芸術と評価できる振付が生成AIに作り出せる可能性はあろう。

一方、AIが生成したダンスモーションの映像作品(アニメ、映画、CMなど)での利用や、ダンス教育への応用は、今後ますます増えるだろう[9]。しかし、実写であれCGであれ、ダンスの映像と生身のダンサーが時空間を共有して披露するダンスとは別物である。もう一つ視点を加えるならば、非人体の動きをダンス芸術とみなす行為はフェルナン・レジェの『バレエ・メカニック』(1924年)以来綿々と続き、いまやヒューマノイド・ロボットのダンスもありふれたものとなっている。それでも発表者は、人間のダンサーによる演技には、映像作品や非人体のダンスとは決定的に異なる訴求力、すなわち観客を惹きつける魅力があり、そのダンサーの「身体性」こそが舞台芸術としてのダンスの本質的特徴であると考えている。議論にあたっては、ダンスの映像と非人体によるダンスを、人間のダンサーによるダンスから注意して区別する必要があるだろう。

[1] 海野敏, 曽我麻佐子, 平山素子 (2022) 「コンテンポラリーダンスの舞台創作における動作合成システム活用の検証」『情報処理学会 人文社会とコンピュータシンポジウム論文集』 vol. 2022, pp. 235-240.

[2] Soga, A; Umino, B; Hirayama, M (2022) “Experimental Creation of Contemporary Dance Works Using a Body-part Motion Synthesis System,” 8th International Conference on Movement and Computing, pp.1-5.

[3] 「アドバンスト・コレオグラフィ」 (2023) https://advancedchoreography.net/

[4]Nogueira, MR; Menezes, P; de Carvalho, JM (2024) “Exploring the Impact of Machine Learning on Dance Performance: A Systematic Review,” International Journal of Performance Arts and Digital Media, https://doi.org/10.1080/14794713.2024.2338927

[5]Wallece, B; Nymoen, K; Torresen, J; Martin, CP (2024) “Breaking from Realism: Exploring the Potential of Glitch in AI-generated Dance,” Digital Creativity, vol. 35, Issue 2, pp.125-142.

[6]Wang, JW; Mao, W; Liu, MM (2024) “MIDGET: Music Conditioned 3D Dance Generation,” 36th Australasian Joint Conference on Artificial Intelligence, pp.277-288.

[7]Li, S; Yu, W; Gu T; Lin C; Wang Q; Qian C; Loy C; Liu, Z (2023) “Bailando++: 3D Dance GPT With Choreographic Memory,” IEEE Transactions on Pattern Analysis and Machine Intelligence, vol. 45, no. 12, pp. 14192-14207.

[8]Marchellus, M; Park, IK (2023) “M2C: Concise Music Representation for 3D Dance Generation,” IEEE/CVF International Conference on Computer Vision, pp.3118-3127.

[9]栗原聡, et al. (2023) 「[特集]AIはクリエーターになれるか」『情報処理』 vol. 64, no. 7, pp. e1-e41.

藝術学関連学会連合事務局

大阪大学大学院文学研究科美学研究室

横道仁志 esthe{at}let.osaka-u.ac.jp